MotoGPスペインGPの取材を終えたあとは1週間くらいマドリードに滞在して、小さなゲストハウスに泊まっていた。
外出から戻ると、受付にいた二人のスタッフがわたしに目線を送り、わたしも笑って「¡Hola!」とあいさつをする。
一人は受付に座る20代くらいの男性で、もう一人はやっぱり20代くらいの女性である。
二人とも長期滞在のわたしによくしてくれる、顔なじみのスタッフだ。
「ちょっと質問したいんだけど」
と言って、二人に近づく。
「スペインではMotoGPが人気なんだよね?」
すると、その男性はきょとんとしている。
「なんだって?」
あれ?
発音がポンコツだったかなあ。
よし、ここはそこはかとなくそれっぽい発音にしてみよう。
「えーと、もぅとぅ、じぃーぴぃー。人気だと聞いているけど」
「???」
すると、そばにいた女性スタッフが助け船を出す。
「バイクのレースのことだよね?」
「そうそう」
「人によると思うよ」
「そうなの?」
男性は「僕は見たことがないなあ」と言う。
えっ!? うそだろジョウタロウ。
まさか、いや、さすがにあのスペイン人チャンピオンの名前は知ってるはず……。
「マルク・マルケスって知ってる?」
「……知らない」
男性は困ったように女性とスペイン語で話し始めた。スペイン語はからっきしわからないが、彼の表情が何よりも雄弁に「このジャパニーズは何を聞きたいんだ??」と言っている。
てっきり「おー、MotoGPね! マルク・マルケスね! もちろん知ってるよー!」というラテンな反応が返ってくるだろうと思っていたわたし。
愕然。愕然である。
固まってしまったわたしに、女性がやっぱり苦笑する。
「人によるんだよ」
「マドリードはサッカーが人気だから」
「スタジアムがすぐ近くにあるからね」
そりゃ、そのゲストハウスはレアル・マドリードのホームスタジアムのものすごく近くにある。レアル・マドリードといえば、サッカーについて貧弱な知識しかないわたしでも知っているくらいには有名なチーム……だよな。うん。それはわかるんだけども……。
「サッカーが人気なんだよ」
スペインではモータースポーツがものすごく人気だと思っていた。
実際にこのホテルにやってくる前のヘレス(スペインGP)では、雄叫びみたいな歓声がサーキットに響いていて、あまりの光景に圧倒された。取材のために宿泊していたサーキット近郊のホテルのテレビで、MotoGPのニュースが流れていた。
だからてっきり、スペインでは誰に聞いても「MotoGPね!」という会話になると思い込んでいたのだ。
もちろん、わたしが今回、「MotoGPはスペインで人気なんだよね?」と聞いたのは、この二人だけ。
もしかしてほかの人に聞いたら「そうそう!」という反応だったのかもしれないし、そこまでじゃなくとも「ああ、そうなんだよねー」という反応だったかもしれない。
そもそも、女性のスタッフは「MotoGP」を知っていたわけだから。
だけど、大きな主語の「一般的」に、思い込んではいけないなあ。
スペインでのMotoGP人気を確認しようとして知った、意外な事実……。いや、むしろ現実か……。
余談ではあるが、その数日後。
マドリードでのサッカー人気を肌で感じることに。
出先からホテルに戻るために地下鉄に揺られていたら、ホテルの最寄り駅でやけにたくさんの人が降りるし、騒いでいる。
「何事だ?」と周りを見て、納得した。
みんな、サッカーのユニフォームを着ていたのだ。
彼ら、彼女らは、これから、マドリードのスタジアムでサッカーを見るファンたちだった。
その数もものすごかったけど、地下鉄のホームだというのに早くも大声で盛り上がる雰囲気にもびっくりした。後方からあおるような声が上がると、前方のファンがそれに応える。
「サッカーを見に行くんだぜ!!」
という一体感と情熱が、駅のホームをぎゅうぎゅうムンムンと埋めて、気が付くとサッカー観戦に行かないわたしもどきどきしていた。